ラボ実験9:ガンマ線同時計数技術
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目的:
- 同時計数検出技術を使い、同時計数測定の基本原理を実証します。
必要な機器:
理論の概要:
同時計数測定は、電離放射線の検出において幅広い応用範囲を有する重要な測定方法です。多くの核反応プロセスでは、2個の光子が同時に生成されますが、2個以上の光子が連続して生成されることもあります。このような場合、同時計数検出器システムを構築すれば、2光子間の時間的および角度的な相関関係を研究することが可能になります。これらの放出は同時に発生することもあれば、検出システムの時間分解能と比べても非常に短い時間内で放出されることもあります。たとえば、ベータ線放出による娘核種への崩壊、その娘核種のガンマ線放出による崩壊は、ベータ粒子とガンマ線を実質同時に発生させます。同様に、1個の原子核がカスケード的に複数のガンマ線を放出することもありますが、イベント間の遅延時間が短いため、実質的には同時放出とみなされます。ここで生じる遅延時間は通常、10-9秒程度です。
原子核物理学の応用において、同時計数システムはコンプトン抑制や宇宙線vetoシステムで行われるような、微弱な信号の検出・識別や物理信号をバックグラウンド信号から区別するために使用されます。高エネルギー物理学や素粒子物理学では、何千もの検出器と電子チャネルで構成された検出システムがすべて同時に動作することで、2つの加速ビームの衝突時に新たに形成される粒子や崩壊経路を研究しています。
同時計数測定
効率やエネルギー分解能などの放射線検出器の特性に加えて、時間分解能を測定することも重要です。なぜなら前述したように、時間分解能は原子核崩壊の時間依存性を決定するために必要だからです。時間分解能は、入射粒子の到達時間、または特定の相互作用とその関連信号が生じる時間の測定性能に反映されます。特定の検出器の時間分解能は、「ウォーク時間」と呼ばれる信号形状や「ジッター時間」と呼ばれる信号ノイズなどのパラメータに依存します。
場合によっては、2つの核反応間の実際の時間差を測定できますが、多くの場合、核反応間の時間的な相関性の有無を確認するだけで足ります。
2つの核反応が同時に発生したかどうかという判定は、同時計数システムが電子的に下します。このユニットは標準パルスを用いて動作し、分解能時間と呼ばれる一定時間内に核反応が発生したかどうかを判定します。入力には、任意のシングルチャネルアナライザからの標準パルスが使用され、各検出器から1つずつ入力されます。
偶然ではなく必然的に生じた真の同時計数は、崩壊の物理的性質と検出器の効率・立体角度によって決まります。これこそが真の同時計数です。
実験によっては、同時計数の回数だけが必要な場合があります。しかし多くの場合、同時計数信号はマルチチャネルアナライザのリニアゲートを開くために使用され、スペクトルは同時計数条件下で取得されます。
この実験は、異なる同時計数技術を用いた3つの独立した工程で構成されています。
γγ角度相関
2本のガンマ線γ1とγ2の角度相関は、γ2がγ1方向に対して任意の角度で放出される確率によって定義できます。励起核からのガンマ線の放射は、電荷システムからの典型的な電磁エネルギー放射として数学的に扱うことができます。電界は、電荷分布のさまざまな多極子に対応するベクトル球面調和関数に応じて広がります。放射システムにおける放射の角度分布の形状は、多極子の次数によって一意に定まります。
原子核システムにおける多極子の次数は、角運動量の値と、遷移に関与する初期状態および最終状態のパリティ値に依存します。したがって、放射性サンプル中のすべての原子核がその核角運動量が揃うように配向できれば、ガンマ線の角度分布の形状を使用して遷移の多極性を決定できるはずです。
しかし、原子核の配向性はランダムです。低温で非常に強い磁場を使えば配向性を付与できますが、より簡単なのは、2つ以上のガンマ線がカスケード的に放出される際に使用する同時計数技術を活用することです。最初のガンマ線が原子核のスピン軸の方向を決定するため、2番目のガンマ線はこの軸に対して明確な分布を持つことになります。あとは、2つのガンマ線の角度相関を測定し、測定値をさまざまな多極性との相関表で比較するだけです。
原子核物理学の実験では、放射性原子核の崩壊からカスケード的にほぼ同時に放出される2つのガンマ線の角度相関が測定されます。ガンマ線は、電子出力パルスの高さが入射ガンマ線のエネルギーに比例する2つのNaIシンチレーションカウンターによって検出されます。「シングルチャネルアナライザモード」ではパルス高を選択することで、1つのカウンターでγ1を、もう1つのカウンターでγ2を計測します。選択したガンマ線を検出するための各カウンターの計数率Riは次式で得られます。
ここでは、
N0を放射線源の1秒あたりの崩壊数、
eiを検出器の効率、
Oiを検出器ごとに規定される幾何学的な立体角度とし、角度相関がない場合、検出されるガンマ線の真の同時計数は次式
で得られます。
検出器1で検出されたガンマ線と検出器2で検出されたガンマ線のランダムな同時計数率は次式で得られます。
ここでは、Δtを2つの検出器間の同時計数システムの分解能時間とします。両検出器が両ガンマ線に反応するように設定されている場合、各検出器の計数率は各ガンマ線の計数率の合計と等しくなります。
実験9の手引き:
TLIST取得モード(NaI-NaI同時計数)による同時計数計測
エネルギー校正
1. 測定用PCに直接またはローカルネットワーク経由で接続した2つのNaI検出器(1つはOspreyユニットを介して接続、もう1つは2007PプリアンプおよびLynx II DSAと接続)を使用します。
2. ProSpectガンマ分光ソフトウェアを起動して、両方のMCAに接続します。
3. 実験1の推奨事項に従って、両方のMACのNaI検出器向けの設定を行います。
4. ProSpectソフトウェアの [検出器] タブの [高電圧設定] を選択し、両検出器に推奨される高電圧値を設定します。
5. 22Na線源を2つの検出器の間(の近い距離)に設置します。
6. ProSpectソフトウェアの [MCA] タブを開いて、両検出器のMCAの変換ゲインを2048チャネルに設定します。
7. 両検出器のProSpectソフトウェアの [MCA] タブを開いて、1275keV全エネルギーピークが各スペクトルの上部に来るように利得の微調整/粗調整を行います。
8. 各スペクトルディスプレイの上部にある [開始] をクリックして、2つのスペクトルの蓄積を開始します。全エネルギーピークに少なくとも10,000カウントを蓄積できるようなカウント時間を使用します。
9. 必要に応じて実験1の設定を参照しながら、22Naの511.0keVと1274.5keVのピークを使ってエネルギー校正を行います。
崩壊スペクトル
10. [取得] タブの取得モードをTLISTモードに設定します。TLISTモードでは、各イベントのエネルギーと時間を提供するイベントデータを取得できます。
11. 2つのデバイスを表9-1の通りに設定します。最初に外部同期設定を適用する必要がある点に注意してください。Lynx II DSAの背面パネルのSync BNCコネクターをOspreyユニットのGPIO入力チャネル1に接続します。図9-1を参照してください。(必要に応じて50Ω終端抵抗を使用して反射を低減します)
12. [制御開始] を押すと、両デバイスの取得が同時に開始されます。
図9-1:Lynx IIとOsprey DSA同期用ケーブルの構成
13. 両検出器が待機モード(データソースのサムネイルの背景が青色)であることを確認します。速やかに(タイムアウト時間の20秒間が経過する前に)、Lynx II DSA外部同期先を「Slave(スレーブ)」から「Master B(マスターB)」に切り替えます。
14. 両検出器でデータの取得が開始されていることを確認します(取得が開始されると、PHAデータがディスプレイに表示され、データソースのサムネイルビューで両検出器の背景が緑色に変わります)。
15. 約5分間データを取得してから [制御停止] を押して両MCAデータの取得を停止し、PHAデータを保存します。TLISTデータはデータの取得中に保存されます。
表9-1:OspreyおよびLynx II DSAにおけるTLISTモードの同期取得設定
分析
16. TLISTモードデータの分析と同時計数測定結果の確認を行うには、ProSpect Data Scannerと呼ばれるアプリケーションを使用します(Mirionのウェブサイト(www.mirion.com)でダウンロード可能)。以下の手順に従ってProSpectデータスキャナーを操作します。
17. データが保存されているフォルダーを選択します。
18. イベントをタイムスタンプで並び替えるには、[プリスキャン] オプションを選択して並び替えます。ここではファイルごとの測定経過時間とライブ時間が表示されます。さらに、PHAおよびTLISTモードデータのイベントの総数と、TLISTモードデータファイルの経過実時間とライブ時間が表示されます。
19. [エネルギー校正] タブを選択して、両検出器のエネルギー校正式を入力します。[エネルギースキャン] を選択して、TLISTイベントから両検出器のエネルギースペクトルを再構成します。
20. イベント間の時間相関を確実に観測できるように、ゲートを511keVの全エネルギーピーク付近に設定します。
21. [タイムスキャン] を選択して、同時計数スペクトルを生成します。ディスプレイのスペクトルには、両検出器に記録されたイベント間の時間相関が表示されます。
22. 時間相関スペクトルの分析結果にコメントします。
NaI-HPGeの同時計数
エネルギー校正
1. HPGe検出器と接続したLynx II DSAを測定用PCに接続するか、イーサネット接続を使用してローカルネットワーク経由で接続します。
2. NaI(Tl)検出器と接続したOspreyユニットを直接またはローカルネットワーク経由で測定用PCに接続します。
3. ProSpectガンマ分光ソフトウェアを起動して、Lynx IIとOspreyユニットに接続します。
4. 実験1の推奨事項に従ってNaI検出器を設定し、実験7の推奨事項に従ってHPGe検出器を設定します。
5 ProSpectソフトウェアの [検出器] タブの [高電圧設定] を選択し、両検出器に推奨される高電圧値を設定します。
6. 必要に応じて実験1の設定を参照しながら、各検出器で22Naの511.0keVと1274.5keVのピークを使ってエネルギー校正を行います。
7. 両方のスペクトルを保存します。一旦ゲインとエネルギー校正係数の設定が完了したら、必要がない限り変更はしないでください。設定を変更すると再度校正を行う必要があります。
崩壊スペクトル
8. ProSpectソフトウェアのデータ取得モードをTLISTモードに設定します。TLISTモードでは、各イベントのエネルギーと時間を提供するイベントデータを同時に取得できます。
9. TLISTモードでデータを取得する場合は、表9-1の通りに設定します。
10. 表9-1の通りに2つのデバイスを設定した後、Lynx II DSA背面パネルのSync BNCコネクター(反射防止用50Ωの終端器を追加)をOspreyユニットのGPIO入力チャネル1に必ず接続してください。
11. [制御開始] を選択すると、両デバイスの取得が同時に開始されます。
12. 両検出器が待機モード(データソースのサムネイルの背景が青色)であることを確認します。速やかに(タイムアウト時間の20秒間が経過する前に)、Lynx II DSA外部同期先を「Slave(スレーブ)」から「Master B(マスターB)」に切り替えます。
13. 両検出器でデータの取得が開始されていることを確認します(取得が開始されると、PHAデータがディスプレイに表示され、データソースのサムネイルビューで両検出器の背景が緑色に変わります)。
14. 約5分間データを取得してからPHAデータを保存します。
分析
15. TLISTモードデータの分析と同時計数測定結果の確認を行うには、ProSpect TLIST Data Scannerと呼ばれるアプリケーションを使用します(Mirionのウェブサイト(www.mirion.com)でダウンロード可能)。以下の手順に従ってProSpect TLIST Data Scannerを操作します。
16. [検索ディレクトリー] タブで、取得したTLISTデータが含まれるディレクトリーを指定します。[開始] ボタンを押して分析を開始します。
17. [スキャン結果] タブで適切な取得設定を選択し、開始時間範囲を-6000nsに、最大時間範囲を6000nsに、時間ビンを1000に設定します。
18. [分析] タブのデバイスタブと取得タブを使用して両検出器の取得を選択します。X軸にエネルギーを、Y軸に時間をプロットして同時計数カウントを観測します。観測結果のグラフにコメントします。なお、グラフをクリップボードにコピーして、より詳細な分析に使用することも可能です。
19. 同時計数スペクトルにコメントし、上記2つのOspreyユニットで取得されたスペクトルと比較します。
Lynx IIハードウェアゲーティングを使用した同時計数測定
本セクションの必要条件:
ProSpectバージョン1.1
1. 高純度ゲルマニウム(HPGe)検出器とNaI検出器がエネルギー校正されていることを確認します。
2. 密封形状の137Csと22Naの線源を2つの計数検出器の間(の近い距離)に設置します。
3. OspreyのデジタルMCA用のGPIOユニット1をLynx II DSAのゲート入力に接続します。
4. NaI検出器の場合、ProSpectソフトウェアを起動し [MCA] タブのGPIOダイアログを開いて、GPIOをシングルチャネルアナライザ(SCA)1に設定します。
5. また、Prospectソフトウェアの [MCA] タブでSCAを開いて有効にします。
6. Lynx IIユニットのProSpectソフトウェアの [取得] タブに移動して、以下の手順に従って同時計数ゲートパラメータを設定します。
表9-2:ステップ6のProSpectの設定
7. デジタルオシロスコープを起動して、Lynx IIのトレースを確認します。保存されたパルスをトリガーに設定し、外部ゲートがピーク検出パルスと重なっていることを確認します。検出されたピークのエッジが外部ゲートのエッジと重なるように、ゲート遅延延長時間を大きくします。
8. HPGe検出器でエネルギーゲートスペクトルを取得します。各光電ピークに少なくとも10,000カウントを蓄積できるようなカウント時間を使用します。
9. スペクトルを保存します。
10. 同時計数ゲートを以下の通り設定します。
表9-3:ステップ10のProSpectの設定
11. HPGe検出器でエネルギーゲートのスペクトルを取得します。各光電ピークに少なくとも10,000カウントを蓄積できるようなカウント時間を使用します。
12. スペクトルを保存します。
13. 同時計数ゲートを以下の通り設定します。
表9-4:ステップ13のProSpectの設定
14. HPGe検出器でエネルギーゲートスペクトルを取得します。各光電ピークに少なくとも10,000カウントを蓄積できるようなカウント時間を使用します。
15. スペクトルを保存します。
16. 異なる同時計数のゲーティング条件下で取得したエネルギースペクトルをプロットし、異なるゲーティング条件下での光電ピーク時のカウント数と比較します。